飴玉
「…? 何か食べているのか?ミッターマイヤー」
休憩がてらミッターマイヤーのところへやってきていたロイエンタールは、ミッターマイヤーが書類に目を通しつつもごもごと口元を動かしていることに気が付いてそう尋ねる。
ミッターマイヤーは「あぁ」と答えるとかさりとビニール製の包み紙を指先でつまみ振った。
「ちょっとのどの調子が悪くてな、のど飴」
くぐもったような、しっかりしない声でそう答えるミッターマイヤーにロイエンタールはふうんと相槌をうつ。
「しかし珍しいな、いつもだったら喉が多少痛かろうが卿はのど飴などに頼らないだろう?」
ふ と思い出したかのようにロイエンタールがそう言って尋ねる。のど飴といっても所詮は飴、甘ったるい味にあまり甘いものが得意ではないミッターマイヤーはい つもだったら飴玉など食さないはずだ。カラコロと飴をならした後ミッターマイヤーがちょっと恥ずかしそうに口を開いた。
「それが、こののど飴甘さが控えめで美味しくて…」
「…なるほど」
喉 が痛い痛くない以前の問題なのだな、とロイエンタールは思った。ミッターマイヤーは気に入ったものを長く飽きるまで使ったり食べたりする体質なのだ。よほ どその飴の味が気に入ったのだな、とロイエンタールは思うと、ふと何か面白いことを思いついたかのように口角を密かにあげて笑う。
「どれ」
ロイエンタールはすい、とミッターマイヤーに近づくと書類に視線を落としていたその顔を上げさせて口付けた。
「?!」
驚いて目を見開くミッターマイヤーの視界の中でにやりと金銀妖瞳の瞳が笑う。
無理矢理口をこじ開けられてロイエンタールの舌がミッターマイヤーの口腔を這った。
「…っ?!ん」
ミッターマイヤーが苦しそうに顔をゆがめた時やっとロイエンタールは離れ、涙目の灰の瞳で見上げてくる男にもう一度にやりと笑った。
「何すんだ!って…あれ?」
「確かに甘さ控えめ、だな」
「え?」
顔を赤く染めて噛み付くように叫ぶミッターマイヤーは、ふと自分の口の中の違和感に気が付いて疑問の声をあげたが、ロイエンタールの低い声に、はた、と目の前で笑っている彼の顔を凝視する。
そして大きく目を見開いてしまった。
ぺろり、と出したロイエンタールの舌の上には丸い飴玉。先ほど自分が舐めていたもの。
「お前…!」
「だが、おれにはやはり甘いな」
コロリ、とロイエンタールは口の中で飴玉を転がした後、わなわなと口を開いたり閉じたりしているミッターマイヤーに再び口付ける。
油断し放題だな、と内心笑いながらロイエンタールは器用に飴をミッターマイヤーの口内に返還すると、ちゅ、と音を立てて唇を離した。
「返す。食べ物の恨みは怖いからな、お気に入りの飴玉を盗られて恨まれても困る」
「だっ誰が恨むか!っていうか返すなこのバカ!」
放心していたミッターマイヤーはハッと我にかえると、ぐしゃりと手近にあったメモ用紙を丸めてロイエンタールに投げつける。
それを軽々と避けてロイエンタールはくくっと喉を鳴らすと小さく手を振って部屋を出て行った。
残されたミッターマイヤーは赤い顔でどすりと椅子に座り込むと、二人が舐めて小さくなった塊をガリ、と噛み砕いた。